大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第三小法廷 昭和52年(あ)2051号 決定

本店所在地

大阪市南区河原町二丁目一五〇一番地

法人の名称

山文商行株式会社

右代表者の氏名

石井正治

本籍及び住居

大阪市南区河原町二丁目一五〇一番地

会社役員

石井正治

大正三年六月一七日生

右の者らに対する法人税法違反各被告事件について、昭和五二年一〇月二八日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

弁護人和島岩吉、同川中修一、同小野田学、同黒川勉、同飛沢哲郎の上告趣意のうち、憲法三一条、三九条違反をいう点は、その実質は単なる法令違反の主張であり、その余は、事実誤認、単なる法令違反、量刑不当及び再審事由の主張であつて、すべて刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よつて、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 江里口清雄 裁判官 高辻正己 裁判官 服部高顕 裁判官 環昌一)

昭和五二年(あ)第二〇五一号

被告人 山文商行株式会社

同 石井正治

弁護人和島岩吉、同川中修一、同小野田学、同黒川勉、同飛沢哲郎の上告趣意(昭和五三年一月一一日付)

第一点 原判決は、判決に影響を及ぼすべき重大なる事実の誤認があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

一、(棚卸高推計計算の誤り)

原判決の認定した所得額と申告所得額の差額を原因別にみると次のとおりである。

〈省略〉

原判決の認定した逋脱の主たる手段、方法は、主として棚卸を除外したこと、架空仕入を計上したことである。

そして、棚卸除外額と架空仕入額を算出することによつて各事業年度の所得金額と逋脱額を算定している。

原判決が各事業年度の所得額を算定するための基礎となつた棚卸高調整の内訳は次のとおりである。

〈省略〉

このように棚卸高の増額が各期の所得として計上されている。

ところで、右の各期首、各期末の棚卸高の算定にあたつては、各期の荒利益率を推定し、この荒利益率を一つの基準に推計計算して算出している。

すなわち、

(一) 被告会社の販売商品約六四〇品目のうち三品目を抽出して追跡調査を行い(サンプリング)、次の荒利益率を推定した。

昭50・11・1~昭51・8・20 二三・五二%

昭49・50・1~昭50・10・31 二六・七一%

昭48・11・1~昭49・10・31 二八・五九%

昭47・11・1~昭48・10・31 二〇・八七%

(二) 昭和五一年八月二〇日、一斉に実施棚卸を行い、その時点の棚卸高一四五、三八五(千円)を算定した。

(三)1 昭和五一年八月二〇日現在の棚卸高と昭和五〇年一一月一日から昭和五一年八月二〇日までの荒利益率(r)を次の算式にあてはめて昭和五一年一〇月期の期首棚卸高一六一、三〇三(千円)を逆算出し、

2 この昭和五一年一〇月期の期首棚卸高を昭和五〇年一〇月期の期末棚卸高とし、これと同期の荒利益率を算式にあてはめて、同期の期首棚卸高一五四、八八九(千円)を逆算出し、

3 この昭和五〇年一〇月期の期首棚卸高を、昭和四九年一〇月期の期末棚卸高とし、これと同期の荒利益率を算式にあてはめて、同期の期首棚卸高一一一、七九〇(千円)を逆算出し、

4 この昭和四九年一〇月期の期末棚卸高を昭和四八年一〇月期の期末棚卸高とし、これと同期の荒利益率を算式にあてはめて、同期の期首棚卸高一二五、八二八(千円)を逆算出した。

総売上額×(1-r)=売上原価

売上原価+期末棚卸高=C

(51.8.20.実施調査)

C=総仕入高+期首棚卸高

※総仕入高=会社仕入総額-架空仕入高

このようにして過去三ケ年の棚卸を推定して起訴の対象となつた三年通期の

期首棚卸高 一二一、六四三 (昭47・11・1現在、簿外)

期末棚卸高 一五五、三一〇 (昭50・10・31現在、簿外)

の差額三三、六六七(千円)を適正な法人所得としたのである。

しかし、これら一連の推計計算には見本の抽出がいちぢるしく少いことで、あたかも針の穴から天をのぞく如きの推計であり、見本商品三目の差益率(荒利益率)が全商品の差益率と一致するというのは無謀な推定である。

通常監査の業務においてサンプリング(見本抽出)件数は、件数又は金額において最底二〇%は行うべきものとされており、その結果価の不満足な場合にはサンプリングをふやすなどして検証をすべきものとされている。

被告人会社の販売商品は約六四〇品目(約二、八〇〇種類)であり、売上総額は一期約四億六、〇〇〇万円(50・10月期、48・10月期)である。

ところが、サンプリングは各期とも三品目、二、〇〇〇ないし三、〇〇〇万円分であり品目にして〇・四六%、金額にして通期五・七%でしかない。このような三品目のみの差益率から全品目の差益率を推定することは著しく不合理である。

しかも、この追跡調査は被告人会社の得意先元帳を調査すれば比較的簡単にできる作業であり、また、被告人会社の得意先の数は知れているから右の不合理はなおさらである。

このような推定計算は法人税法一三一条に規定する「推計による更正」と同内容のものである。

ところで、右の「推計による更正」の際にもその推計課税が適法であるためには、推計の必要性及び合理性が存在しなければならず、また推計が合理的であるためには、(イ)採用された推計方式が合理的であること、(ロ)推計の基礎資料の選択が合理的であることが必要とされている(東京地裁昭49・9・25民二部判決判時七六八・二五、大阪地裁47・3・22判決判時六七六・一一、外)。

原判決の基礎となつた推計計算は、サンプリングの数、額が通例の調査業務に比較して著しく少いこと、サンプリングの対象品目の平均的品目ではないこと、対象を増やすことは比較的簡単なことなどから著しく不合理な推計計算といわなければならない。

右の法人税法一三一条は徴税の便宜のためのものであり、刑事処罰のための基礎事実を確定するために適用される筋合いのものではない。

法人税逋脱犯を起訴する際にも、証拠によつて確定できる額に限定し、推計計算しなければ確定しえない科目については、更正、決定等の措置によつて公平をはかることはともかく刑事処罰の対象として起訴しないのが通例である。

本件は更正のための推計計算としても著しく不合理であるのに、これを刑事処罰の基礎とするのは極めて不合理であり、その結果、判決に影響を及ぼすべき重大な(棚卸調整高)事実認定に誤りをきたし、かつ、これを破棄しなければ著しく正義に反すると考えられる。

二、(価格変動準備金繰入額の否認)

原判決の所得額と申告所得額の差額には、昭和五〇年一〇月期の価格変動準備金繰入の青色申告取消しによる否認額一七九(千円)が含まれ、これに見合う税額の逋脱が認定されている。

価格変動準備金等の繰入については、最高裁判所の判例では、これについても逋脱犯が成立するとしている(昭和9・20二小判決)。

しかし、青色申告の承認を受けた者が確定申告をする際には、価格変動準備金などを必要経費あるいは損金に算入することは法令上認められた行為である。

法人税逋脱の罪は、不正の行為により納付すべき税額を申告納付しないで、納付の期限が経過したときに成立するものであることは明らかである。したがつて、その犯罪の成否および税額はその時点における納付すべき正当な額と確定申告にかかる税額との差額によつてきまるものと云うべきである。この時点が犯罪の成立または犯罪の量の確定時点であつて、後になつて、犯罪でなかつた行為が犯罪となつたり、犯罪の量が増減したりすることはありえないものである。

ところで、本件の価格変動準備金については、確定申告の後青色申告の承認が取消された結果、必要経費あるいは預金算入が否認され、これに応じて所得額が増加したとしても、このことが法人税の逋脱の分量を過去に遡つて左右すべきものではない。

それは、徴税上行政法上の問題ではあつても、これをも刑罰の対象とするのは罪刑法定主義の原則、刑罰不遡及の原則(憲法三一条、三九条)に牴触する。

よつて、原判決が、価格変動準備金繰入れ額一七九(千円)に見合う税額についても逋脱犯の成立を認定したことは、判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認であり、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと考えられる。

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすべき法令の違反があり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

原判決は、前項一の棚卸高調整の認定をする際、上田幸子の供述調書および質問てん末書によつている。

右の供述調書等は、推計計算の基礎資料と計算の結果が記してあるが、その推計計算が不合理であることは前述のとおりであり、このような不合理な証拠を原判決の基礎として採用したことは、採証法則に違反するものといわなければならない。

証拠の評価は、自由な判断に委ねられるといつても、経験上の法則と論理上の法則とに従つて行われることを要する。

刑訴法三一八条の規定する自由心証主義は当然に合理的心証主義であり、さらに科学的心証主義であるべきである(団藤「新刑事訴訟法綱要」二八三)。

原判決の証拠の採否は、刑訴法三一八条の合理的心証主義に違反し、これは当然に判決に影響を及ぼし、かつ原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると考えられる。

第三点 原判決には憲法の違反がある。

原判決が、被告人会社の昭和五〇年一〇月期の価格変動準備金繰入額一七九(千円)をも所得額と申告所得の差額に含まれるとしてこれに見合う税額の 脱を認定したことは、申告時に適法であつたものを過去に遡つて違法な行為として認定したものであり、罪刑法定主義の原則(憲法三一条)、刑罰不遡及の原則(憲法三九条)に違反するものである。

第四点 原判決は刑の量定が甚しく不当であり、これを破棄しなければ著しく正義に反すると認められる。

脱犯の量刑は、逋脱額が多額の場合、懲役刑が選択されることがある。

この点、最近耳目を集めた事件について判決が下された。

華道草月流の家元に対する三億四、〇〇〇万円の所得税逋脱事件であるが、東京地裁は昭和四七年四月一二日右事件について罰金一億円の判決を下し、さらに東京高裁は、昭和五一年一二月一五日、被告人の右犯行に対する関与の態様ないし程度が悪質と認めるに足る証拠はないこと。被告人の謹慎の様子が顕著であること等を理由として、原判決を維持した。

右事件は、逋脱額の高額であること、被告人が有名人であること等で、注目をあびた事件であるが、「脱税は、お金の問題であつて被害者を恐怖に陥れる凶悪犯とはわけが違う。こういう犯罪には、まず財産刑で不利益を与えるのが筋合だろう」(植松正「法のうちそと」タイヤモンド社、二一八頁)。

原判決は被告人石井正治に対して、懲役八月(執行猶予二年)の体刑を科した。

しかし、同被告人には次のような事由がある。

本件の逋脱が問題となつた後、速座に修正申告をしてこれを全て納入した他、加算税をも納入し、後の年度においては全て適法に納税し、被告人の反省の情が顕著であること。

逋脱行為のあつた昭和四八年一〇月期ないし昭和五〇年一〇月期は日本経済が、それまでの順調な発展期を経過した後の動乱期に入り、先行見通しのつかないきわめて不安定な時期であつたことなどから、被告人としても必らずやくる不況期にそなえて会社の資産内容を整備するために逋脱を行おうとしたものであり、被告人会社および会社関係者の生活を守る立場にいる被告人石井として職責と立場上苦しいものがあることは理解できるところである。

逋脱行為は、国家の財政上の基盤と徴税の公平を侵害するもので、許されるべきことではないにしても、被告人石井の私利私欲のための行為ではなく、会社防衛のためのものである点を有利な事情として酌んでいただきたい。

また被告人石井は、これまで一貫して善良な市民として堅実に生き、それがむくわれて民生児童委員を始め、大阪金属互助会会長、防犯防火交通協会理事等々、多くの社会的役職につき、それらの仕事に熱を入れている。

このような被告人石井にとつては、執行猶予とはいえ懲役刑の判決を受けることはそれに付随する不利益が大きく苛酷にすぎる。

被告人石井には再犯のおそれはなく、すでに課税上その他の制裁が加えられていることからしても、懲役刑の科刑は重きに失する。

原判決の刑の量定は甚しく不当で破棄しなければ著しく正義に反するものと思料する。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例